「文房具ブームって何だろう?」 ( 第3回/全3回) 文房具カフェ 代表 奥泉 徹

 

〜第3回〜 「成熟」

 

 

ここ数年、日本の文房具業界・市場において、注目すべき点が2つあります。

 

一つは、成熟産業であり、革新的な新製品が生まれにくい業界でありながら、惜しみなく研究開発費や開発の人材を投じた、大手老舗メーカーの成功です。

 

日本の全産業の売上高対研究開発費比率が、3%程度と言われている中、三菱鉛筆は、2008年から毎年、5%〜6%もの研究開発費を投じおり、従業員約2,800人のうち約200人が研究開発要員です。

 

さらに着目すべきは、その研究開発費の大部分(約99%)を従来からの基幹事業である、「筆記具事業」に集中的に投じていることです。これにより、三菱鉛筆は、圧倒的な書き心地の良さを実現した「ジェットストリーム」、シャープペンの本質的な課題に果敢に挑戦した「クルトガ」などを生み出し、世界規模でヒットを飛ばし、大成功を収めました。

 

三菱鉛筆の2011年12月期の連結経常利益は、海外調達比率を増やしていたこともあり、円高の好影響で65億円、2期連続で最高益を更新しました。

 

 

日本の文房具メーカーは、100円から500円くらいの中価格帯の筆記具製造に強いと言われています。

 

前述した通り、会社からの支給品が減り、個人が自らのお金で買うならば、もっと良いものをと活発化した筆記具の需要は、まさにこの価格ラインのものでありました。

 

こういった背景が、国内の文房具の個人需要を迅速に捉えたのです。

 

 

そして、もう一つの注目すべき点が、小規模な新鋭文房具メーカーの活躍です。

 

業歴が10年以下の比較的新しい文房具メーカーが、ここ数年次々に誕生し、文房具を新たな視点で捉えた、デザイン性の高い製品を世に送り出し、人気を集めています。

 

新鋭のデザイナーを次々に起用し、注目を集めている「アッシュコンセプト」。和をモチーフに洗練されたデザインで人気の京都「裏具」。テキスタイルメーカー出身の池上幸志氏とステーショナリーメーカー出身のオオネダキヌエ氏がユニットで立ち上げた「ユルリク」。「ほんの少しだけど、みんなが見たことないと思うもの」をコンセプトに、アパレルメーカーから文房具業界に乗り込んだ「Quaint Design」。

 

このような小さなメーカーが次々誕生した背景には、前述したバブル景気の頃のように、何十万円もする高級ブランドのバッグを買い求めたり、海外旅行へ頻繁に出かけたりするといったライフスタイル自体に、「憧れない」若者の増加という変化があると私は考えています。

 

身の丈に気持ちよく合った、爽やかな消費を志向する若者が増えているのと同じように、自分の感性や価値観を体現出来るような仕事を、丁寧にしながら生活をしていきたいと考える若者が増えているのではないでしょうか。

 

そんな若者達が、どこかほっとしながらもクリエイティブな雰囲気を持つ「文房具」に魅力を感じるのは、今の日本においてとても自然な成り行きなのかもしれません。

 

そして、結果として、大手メーカーと小規模メーカーのプロダクトが、それぞれの個性を発揮しながら共存している。

 

私は、ここに昨今の文房具ブームの大きな要因があると考えています。

 

多様なものが、あるときはアンバランスに、あるときは不思議な調和を持って、一つの世界の中に共存している。それが、今の文房具業界・市場だと思います。

 

それは、日本が闇雲な成長段階から、より文化的な生活を求める成熟期にあることを端的に表しているのではないでしょうか。

 

この文房具ブームが、成熟期にある日本の創造性を、少しでも刺激するものになればと、私は期待しています。

 

 

文房具カフェ 代表 奥泉 徹